イーロン・マスクのすすめ

最高の男、イーロン・マスクについてのブログ

スペースXが海上への着陸を必要とする理由 ~人工衛星の軌道投入~

移転しました。

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スペースXのロケット着陸技術は2種類。陸上(打ち上げ場)への着陸と、海上(海に浮かべた船)への着陸です。2015年12月、スペースXは陸上へのロケット着陸に成功しました。歴史に残る偉業です。一方、度重なる挑戦にもかかわらず、まだスペースXは海上への着陸に成功していません。海上へ着陸することのほうが難しいんですね。
 
海に浮かぶ船(ドローンシップ)は不安定です。波に揺られていますし、回転していて、狭い。陸にくらべて状況が変わりやすく、わずかなエラーも許されません。このような難易度の高い海上への着陸に、なぜスペースXは挑戦しつづけるのでしょうか。イーロン・マスクはこう答えます。
 
訳)船上への着陸は「柔軟な対応のため」や「燃料コストをおさえるため」ではない。単純に性能的に打ち上げ場(陸上)へ戻ってくることができないからだ。
 
訳)前にも言ったように、速度が求められるミッションのために船上への着陸が必要ということ。軌道(投入)では、高度や距離にそこまでの意味はない。すべては速度なのだ。
 
まとめると以下ですね。
1)ミッションによってロケットに求められる速度が違う
2)速度が求められるミッションでは(性能的に)陸上への着陸ができない
 
人工衛星の軌道投入やロケットについて詳しい人ならイーロン・マスクの答えをすんなり受け入れることができるでしょう。そういう人はここで読むのをやめてもらってOKです。ここから先はイーロン・マスクの答えがいまいち納得できない人にむけた説明です。できるだけわかりやすくまとめてみたので、イーロン・マスクの答えにピンときてない人はぜひ読んでみてください。
 

人工衛星の高度(軌道)

 
イーロン・マスクの答えを理解するには人工衛星の話からスタートしないといけません。世界初の人工衛星は1957年に誕生したスプートニク1号。それ以来、世界中の通信や気象予報、テレビ、ナビ、航空写真など様々な分野で人工衛星が役立っています。
 
人工衛星はとても高いところにいて、地球の周りをぐるぐるまわっています。この人工衛星が地球を周回するルートを軌道と言います。軌道にはいくつか種類があって、高さ(高度)によって区別されます。そして、人工衛星を目的の軌道に投入することが、人工衛星ペイロード(積載物)として搭載したロケットの役割です。
 
現在、1300機近くの人工衛星が活動していますが、その多く(3分の2くらい)は低軌道と呼ばれる軌道上にいます。低軌道は高度160キロから2000キロまで。じつはこれは意外と低いんです。地球の半径が6371キロなので、低軌道上の人工衛星なんかは遠くから見るとほとんど地球の表面すれすれをまわっている感じ。こちらを見てもらうとわかりやすいですね。
低軌道:

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で、残り(3分の1)のほとんどの人工衛星静止軌道上にあります。静止軌道の高度は3万5786キロ。低軌道とくらべるとものすごく高いところにいます。では、なぜ人工衛星をこんなに高いところまで持っていく必要があるのでしょうか。
 
じつは、人工衛星が地球をまわる速度は軌道によって違ってきます(人工衛星の速度についてはあとで詳しくお話します)。そして、静止軌道上の人工衛星は24時間で地球の周りを一周するんです。地球の自転周期と一致してるんですね。人工衛星が地球の自転と同じペースでまわっているので、地球のある一点を継続的にカバーできます。なので、テレビなどにつかわれる人工衛星静止軌道に投入しなければいけません。人工衛星は用途によってどの軌道に投入されるのか決まるわけです。

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低軌道と静止軌道の中間が中軌道と呼ばれます。中軌道上の人工衛星は多くないですが、高度約2万キロあたりにGPS衛星なんかがいます。
 
ところで、最低でも低軌道以上の高度が必要な理由は何でしょうか。これは地球の大気などが関係してきます。わかりやすいように極端な例で考えてみましょう。凹凸のない完璧に滑らでしかも大気もない星があったとします。この場合、理論上、地表のすぐ上でも人工衛星の軌道投入が可能です。なぜなら、抵抗もないし、人工衛星を邪魔するものがないからです。ニュートンの第一法則のとおり、抵抗がない状況だと人工衛星は永遠にその星の周りをまわりつづけることができます。
 
もちろん地球はそんな星ではありません。地球には分厚い大気がありますし、地表には山や谷などの障害物があります。人工衛星は大気によって抵抗をうけ、減速して地表へ落ちていきます。実際、低高度(高度800キロ以下)の衛星は上層大気の抵抗によって減速されてしまって、だんだん高度が下がっていきます。人工衛星が大気による抵抗をうけないように、ある程度の高度が要求されるわけです。
 
人工衛星の高度の話は以上です。人工衛星は減速すると落下する。言い換えると、人工衛星が高度を維持しつづける(軌道上にとどまりつづける)ためには速度が必要です。
 

人工衛星の速度

 
重力とは不思議なもので、どんなに小さな物体の小さな重力でも宇宙全体に影響を与えています。なかなか直感的にわかりづらいと思いますが、一度イメージとしてつかめれば理解しやすいです。宇宙をさらさらして滑りやすい(抵抗ゼロの)布だと考えてみましょう。四隅はピンと張られています。そこに物を置くとどうなるでしょうか。布が凹みますね。そして、いくつかの凹みがある布の上にビー玉を置いたとしましょう。ビー玉はさらさらとした布の上を滑って凹みのどれかに吸い込まれていきます。これが重力のイメージです。

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布の凹みは、凹みをつくっている物に近いほど深くなります。逆に、物から離れれば浅くなります。じょうご状です。深いとビー玉は勢いよく落ちていきますし、浅いとゆっくり落ちます。つまり、重力は物体の近くほど強く、遠くなれば弱くなるってことです。ただし、どんなに離れても重力がゼロになることはありません。限りなく弱くなっていくだけ。僅かな凹みも布全体に影響を与えています。もし宇宙空間に2つの物体しか存在しなかったら、それらが何億光年と離れていてもいずれお互いくっついてしまうということです。そして、地球という物体にくっついてしまうことを、地球に落下すると言います。
 
人工衛星の話に移りますが、人工衛星は軌道上にとどまる(地球に落っこちない)必要がありますね。そのためにはどうしたらいいのでしょうか。
 
ルーレットをまわる球のように布の凹みをくるくるまわるビー玉を想像してみてください。十分な速度でまわっていれば、ビー玉が中心にむかって落ちていくことはありません。じつは、これが人工衛星が地球に落っこちてこない仕組みです。
 
ここまで見てきたとおり、いくら地球と離れても(高度を上げても)地球の重力からは逃れられませんので、距離よりも速度がポイントになるんですね。これをイーロン・マスクは「軌道(投入)では、高度や距離にそこまでの意味はない。すべては速度なのだ。」と言っていたわけです。
 
重要なところなので、もう少し詳しく見てみましょう。たとえば、ピッチャーが投げたボールは放物線(カーブ)を描いて落ちていきます。

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地球は球体なので地表もカーブしていますが、それよりもボールのカーブのほうが急なので、ボールは地表にくっつきます(落下します)。
 
では、どんどん球速を上げていくとどうなるでしょうか。ボールのカーブは球速によって変わるので、いずれこうなります。

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拡大するとさきほどの図ですね。

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これは、ボールは落下している(重力の影響をうけている)んですが、地球の周りをくるくるまわって永遠に地表に到達しない状態(人工衛星と同じ状態)です。イメージはつかめたでしょうか。
 
ようするに、人工衛星を軌道投入するには、十分な速度まで加速する必要があるということです。そして、この役割を担うのがロケットです。
 
次に、軌道投入にはどのくらいの速度が必要なのか見てみましょう。
 
たとえば、国際宇宙ステーションISS)は高度約400キロくらいの低軌道上にいます。重力は離れていくにしたがって弱くなりますが、高度約400キロくらいではまだ地表のおよそ90%もの重力がかかっています。この重力に対抗するためにISSは時速約28,000キロで移動しています。つまり、ISSの放物線が地球と同じカーブを描くために必要な速度が時速約28,000キロだということです。
 
時速約28,000キロ。これってとんでもないスピードです。ライフル弾の初速の倍以上のスピードで、地球を90分ほどで一周します。このスピードで浜辺から海へむけてボールを投げたら、水平線へビューンと飛んでいき、わずか0.5秒で視界から消えてしまいます。低軌道投入に求められる速度のすさまじさがわかりますね。
 

ロケットの性能

 
人工衛星(に限らずですが)の軌道投入にはロケットがつかわれます。なので、ロケットに求められるのはもちろん速度。ほとんどの二段式ロケットは、高度約100キロ(プラスマイナス20キロほど)で切り離しをおこないますので、重視すべきロケットの性能は切り離し(高度約100キロ)までにどのくらい加速できるのかです。とくに再使用ロケットのブースターの価値を見極めるにはここがポイントとなります。
 
切り離しまでのロケットの加速性能はペイロードを高速で軌道に投げ込む性能と言えます。いわばピッチャーの球速みたいなもの。ペイロードを目的の高度まで持っていくこともロケットの役割ですが、ピッチャーの例えで言うと、これはキャッチャーのところまでノーバウンドでボールを投げる能力と言えます。この能力があってようやくピッチャーはマウンドに立てるのであって、いわばスタートライン。本当の勝負はそこからはじまるのです。
 
ここでスペースXのファルコン9ロケットの性能を見てみましょう。じつは、陸上への着陸の場合と海上への着陸の場合とで、ファルコン9の加速性能に違いがでます。陸上への着陸の場合、ファルコン9は125トンを時速5000キロまで加速させる性能をもっていますが、海上への着陸の場合は125トンを時速8000キロまで加速させることができるのです。つまり、海上への着陸の場合、加速性能が優れたロケットでペイロードを軌道投入できるわけです。
 
この違いがどうして生まれるのかですが、ポイントはロケットが戻ってこないといけないのかどうかです。
陸上への着陸(切り離しのあとロケットが戻ってくる):

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海上への着陸(切り離しのあとロケットは戻ってこない):

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打ち上げ場からものすごいスピードで離れていくロケットを戻すのは大変です。窒素をつかった姿勢制御スラスターでUターンし、打ち上げ場へむけてエンジン点火。大気圏再突入のあとにエンジンを正しい方向へむけて着陸体制に移る。燃料は液体なので、これらの操作中にかかる遠心力を考慮しなければいけません。燃料を正しいポジションにとどめるための隔壁や内部ホールディングタンクといったシステムが求められます。それに、極超音速から亜音速への減速でもしっかり機能する3軸操縦翼面が必要になります。
 
物体を加速させるには大きなエネルギーが必要です。時速0キロから時速2000キロまで加速させるには、時速0キロから時速1000キロへの加速の(2倍ではなく)4倍のエネルギーが求められます。加速性能をあげるのはそれだけ大変なことなんです。なので、陸上まで戻ってくるために様々な機構を備えるロケットが加速性能で大きく劣ってしまうのは仕方ない。つまり、海上へ着陸するファルコン9では対応できるミッションも、陸上へ着陸するファルコン9だと性能的に対応できない場合があるということです。
 
人工衛星の高度、速度そしてロケットの性能について見てきました。1)ミッションによってロケットに求められる速度が違うので2)速度が求められるミッションでは(性能的に)陸上への着陸ができない。いかがでしょう。冒頭のイーロン・マスクの答えに納得いただけるでしょうか。
 
 

参考

waitbutwhy.com